辛かったことを忘れないのが誰かの役に立つ? ー叔母を亡くして思うこと

新型コロナウイルスの感染拡大で、関東のサービス業はほぼ休業状態でしたが、ゴールデンウィークを明けても未だ接客のお仕事はない状況ですね。。。

自宅の庭では、ハーブ達がグングン大きく成長してる


去年、叔母の家(愛知県)からもらってきたカモミールは、タネがこぼれて今年の方が沢山咲いてます

 

わたしは、カドゥー(茅沼順子薬局)から漢方を取り寄せたりして、コロナ予防に勤しんでいますが、この漢方が意外に体調不良に効くとわかり助かっています。

亡くなった叔母の最後には会えなかったけど

3月30日に、叔母(父の妹)が息を引き取りました。
2年ほど前から癌を患っていたので、去年はお見舞いに愛知県田原市(渥美半島)まで訪れたりして

今回はお見舞いにも葬儀にも行けませんでした。
コロナ感染が拡大している関東から、地方へウイルスを持ち込むようなことは避けなければいけなかったから。


渥美半島は農業と海の半島
2017年(3年前)にはこんな投稿をしていました

子どもの頃、毎年2回は訪れていた叔母の家は、元々農家だったこともありとっても広い。
子どもが走り回って騒いでも全然平気!
海も近いから、夏には海に行って、父やおじさんと1日中潜ったり魚釣りしたりしてました


お庭でバーベキューやスイカ割りもやってた

親戚といっても関係性が薄い人もいるけど、叔母はわたしの母の次くらいに、わたしにとっては母親に近い存在で、それはわたしの父の妹で兄妹の仲がすごく良かったからかな

なので、親が亡くなるのは5年前、父で経験しているけど遠くに住んでいる母親が亡くなったようなイメージで、未だにちょっと実感はないのだけれど

ただ、今まで無かった状況の新型コロナウイルスの影響
親族の冠婚葬祭にも影響するのだと思うと、何だか切ない気持ちでした

生きていること、健康第一って思う理由

わたしは、アトピー性皮膚炎が重症だったので、長い間働けないことがありました。
そのとき、自分の生きがいや人との関係が断たれるような気持ちになった

友だちに会っても楽しめない
旅行に行く勇気が出ない
眠れないから自律神経のバランスが崩れ、働くことができない

痒い、痛い、ダルい、醜い
ということが何年も繰り返し続き、自分の健康がダメになり、自分が生きている意味も無いように感じました

だから、健康で元気でいられる
働いて誰かの役に立てる
人と話してコミュニケーションができる

そういうことが、わたしの生きる楽しみなんだって思ったし、今もその気持ちは忘れていません。

でも、人って大体、辛かった経験を忘れてしまうから、多くの人は風邪ひいて寝込んで辛かったことは忘れちゃうでしょ?
働けなくなるほど健康が保てないっていう経験をしたことがない人は、だいたい忘れちゃうし、辛くなって相談されたとき、こんな風に言います

「辛いからできない」とか「お金が高いから無理」とか

わたしに言わなきゃ良いのになあ・・・って思うんだけど、そうもいかない(笑)

わたしは忘れません!
周りの人に理解されなくて悩んでも「気のせい」とか「気にしすぎ」とかの言葉で傷ついたことも。
地の底からわいてくるような地獄の痒みに眠れなくて朝をむかえた毎日も

こういう経験が、接客の仕事やコミュニケーションを通して誰かの役に立つと思うから

だから健康第一なんだ

叔母の家で咲いていたカモミールの写真をみて、生きてるわたしができることを、焦らず探そうと思い直したこの頃でした

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